特集NO1 樵 舟

池田樵舟(しょうしゅう)


安岡正篤、佐藤慎一郎、吉川幸次郎 らとともに、日本に帰化した最高峰の文人である景嘉に師事する。

景嘉から東山樵子(とうざんしょうし)の号を授かり、略して東樵(とうしょう)と称す。後に篆刻の鈴木般山から樵舟の号を授かる。

樵とはきこりのことであり、樵舟とは山から木を切り出して船に積み、里々に運ぶ人を指す。


樵舟の書は日本人の精神、そして品格、風格を感じさせてくれる。

それは根っからの日本人樵舟が、若くして景嘉によって磨き上げられ、さらに鈴木般山や小林斗盦(とあん)などの大家に学びながら修練を重ねた賜物である。

本名、池田義信。

書印会主宰

全日本篆刻連盟展評議員、読売書法展理事

1954年生まれ。いよいよ成熟期を迎えた。





樵舟作品をご堪能ください。


筆端変化妙入神

「ひったんへんかして、にゅうしんのみょう」



筆先はつまり命毛である。その筆先があらゆる形に変化し、活動し、躍動する。その絶妙の筆致は日本人の生命力の躍動である。

それゆえ、既にそこには俗世はなく、世間常識をも逸脱した、つよく猛々しい姿が現れる。



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篆刻 春秋鼎盛

■春秋鼎盛。しゅんじゅうていせい(篆刻)

いまが盛りという解釈。鼎(かなえ)という文字は「今ちょうど」という意味で、働き盛りとも解釈できる。


樵舟の篆刻は出雲大社や鹿島神宮などの大社、総理大臣、大物財界人などから懇望されて制作することが多い。著名になった人物が樵舟の篆刻を懇望するのか、樵舟の篆刻を得た人物が著名となるのか、同時共鳴の感がある。








王士禎 真州絶句


柳陌菱塘一帶疎

好是日斜風定後

半江紅樹賣鱸魚



長江の岸辺はどこも多くは漁師の村

柳の並木 菱の沼

あたりに疎らに見えているなかでも好いのは

夕陽に映える河岸の並木

夕凪のなか 鱸魚を売っている漁師の風景



【王士禎】おう‐してい

[1634~1711]中国清代の詩人。新城(山東省)

出身。本名は士禛(ししん)。

号は阮亭(げんてい)・漁洋山人。銭謙益の影響を受け、神韻説を唱え、新鮮な雅趣に富む詩を作った。

詩文集「帯経堂集」、随筆「池北偶談」など。



制作の背景

本作は、本会編集委員である渡邊さお里が2016年に大きな手術をしたときに、樵 舟が「ときには立ち止まってゆっくり過ごすときが必要だ」と言う意味を込めて贈ってくれたもの。

渡邊はさらに「立ち止まってゆっくり過ごす時だからこそ、見えるものがあるのだよ。」という意味もあったに違いない、と理解している。

事実、渡邊自身、そのすぐ後に人生の大きな転機を迎えている。書に込められた大きな力を感じぜざるを得ない。





株式会社「豊祥」開業祝い



制作の背景

本会編集委員の渡邊さお里は、先述の2016年に大きな手術をしたが、その後、人生の大きな転機を迎え、株式会社豊祥を設立して代表取締役に就任した。

本作はそのとき樵舟が渡邊に贈ったもの。流れる水のように自然で、しかも力強い筆致は、いつも渡邊に大きなパワーを与えてくれる。












謹敬保和 (きんけいほうわ)



金文4文字

敬意を表し和やかに語らう意。


樵舟 作 『千字文』


千字文は天文、地理、政治、経済、社会、歴史、倫理などの森羅万象について述べた、4字を1句とする250個の短句からなる韻文で構成されている。

千字文は南朝・梁 の武帝が当時文章家として有名であった文官の周興嗣(しゅう こうし)に文章を作らせたのが始まりである。周興嗣以後は、歴代の能書家が千字文を書いているが、書聖王羲之の7世の孫、智永が書いた『真草千字文』が有名である。※書聖王羲之の字に最も近いのが智永と言われている。

日本には270~310年頃『千字文』と『論語』10篇が伝わったと古事記に記録されており、奈良時代には『眞草千字文』が国宝とされている。



樵舟 作:『千字文』後記

この千字文は智永の『真草千字文』を参考としており、筆法や結体は篆書の泰山刻石に始まり隷書の曹全碑、楷書の張猛龍碑や楽毅論、行書の争座位帖等を中心とする様々な古典である。こちらは手本としてでなく、書学者が各自の観点からその天分を発揮し、個々の千字文を完成させる事を目的としたものである。





長楽無極 -ちょうらくむきょく

-(瓦当紋)

ちょうらくきわまりなし

楽しみが限りなく続くこと。






褱誠(かいせい)

誠心を抱き持つ

漢書より抜粋した言葉。左から篆書(てんしょ)・行書・行書



擧杯邀清光

杯を挙げて清光をむかう

酒杯を手にして

清らかな月光を迎えて酌をする

句:沈石田







畫龍點睛

がりょうてんせい


物事を完成するときの

さいごの重要な仕上げ部分


物事を完成するときのさいごの重要な仕上げ部分です。故事にも残る。


中国では水は縁起のよいものとされ、

水気・雨が生じるところは、

鯉や龍が生まれ、鯉は登竜門になぞらえる。

鯉が滝の勢いを受けながら上に登るというのは

大変なことであり、その勢いから鯉が

やがて龍に変わるなどといわれている。



書画共に池田樵舟(しょうしゅう) 作