■縄文の万葉集 第四回 大伴家持と坂上大嬢


大伴家持(おおとものやかもち)は『万葉集』の

編纂に関わる歌人として有名ですが、

防人たちの声に耳を傾け、こころを読み解くなど、

縄文人のこころを最も理解したひとりといえるでしょう。


家持の歌は473首が『万葉集』に収められており、

『万葉集』全体の1割を超えています。


歌から読み解けるように、多くの女性を射止め、

恋の駆け引きを演じた家持も、予期せず重い恋に落ちました。


それは、千人が力を合わさないと動かない石を、

七つも首にかけたくらい重いもの。

それは自分ではどうにもできない、

神のお心のままに任せたいと表しています。



我が恋は 千引きの石を 七ばかり 首に懸けむも 神のまにまに

(巻四 七四三)大伴家持


わがこいは ちびきのいしを ななばかり くびに かけんも かみのまにまに


万葉の時代の人々は、自身の恋心を大きさや重さに例えました。

その気持ちの重さの表現、身動きができないほどの重い恋心を

家持は歌に込めています。


これは後に家持の妻となった坂上大嬢(さかのうえおおいらつめ)に贈った歌。

そして坂上大嬢が大伴家持に贈った歌もたくさん残されています。

二人の恋慕う歌のやり取りはなんとも美しい。


万葉集の中で繰り広げられる多くの恋歌の中でも、

一心に想い合う二人の強く慕う気持ちに、胸が高まります。



うつせみの 世やも二行く 何すとか 妹に逢はずて 我がひとり寝む

(大伴家持)


うつせみの よやもふたゆく なにすかと いもに あわずて わがひとりねん



この現実の世がもう一度繰り返されることがあろうか。

このかけがえのない夜を、あなたに逢わないで、

さびしく、一人寝をすることが出来ようか。



意味:

人は死に、二度とは生き返らない。

自分の人生も必ずいつか終わる。

そのいつかをけっして予知出来ないからこそ、

生きている今の今が、かけがえのない大事なものなのだ。



世の中の苦しきものにありけらく恋に堪へずて死ぬべき思へば

(第四 七三八)坂上大嬢


意味:

恋とは、この世の中で最高に苦しいものだったのですね。

恋の思いに堪えかねて死んでしまいそうなことを思いますと。



恋なんて、と、思う方もいるかと思いますが、

でも、美しい形もあり、真実もある。

この歌のように、せっかく生きているのだから、

悔いのないよう、思いを馳せていただきたい。

心寄せられる思いを抱いていただきたいと

思っております。