01 力合わせる二百万


小生の生まれ故郷である群馬県に「上毛かるた」という、いろはかるたがある。日本で初めてかるたとして成立したのはどんなものだったのか、ウィキぺディアで調べてみたら想像どおり「百人一首かるた」だった。

その詳しい起源は明らかではなく、平安時代の二枚貝を合わせる遊び「貝合わせ」が起源ではないかといわれている。

一方、いろはかるたの歴史を見るとまだ新しく、幕末の寛永時代(1848年~54年)にまず関西で生まれ、後に江戸に伝わったものであり、内容も東西で異なっているし、また地方の特性が表れている郷土かるたも各地に存在する。


ここでまず、江戸、上方、尾張の違いを並べてみよう。

江戸(東京) 上方(大阪・京都)) 尾張(名古屋)

い)犬も歩けば棒に当る 一寸策は闇 一を聞いて十を知る

と)年寄りの冷や水 豆腐にかすがい 遠くの一家より近くの隣

た)旅は道ずれ世は情け 立て板に水 大食上戸餅食らい

ね)念には念を入れよ 猫に小判 寝耳に水

ま)負けるが勝ち まかぬ種は生えぬ 待てば甘露の日和あり


地域によってこれほど違うものかと驚いたが、どのかるたの表現も、日ごろの教訓や人生訓としてよく使われている、先人の生活体験から導かれた社会常識となっている。


では、上毛かるたとはどんなものかを紹介したい。

上毛かるたは、旧制・前橋中学(現在の県立前橋高校)出身の浦野匡彦(後の二松学舎大学学長)が中心となり、郷土史家や文化人18名を編纂委員として選別した44の句を選んで、1947年に作成されたものである。どの郷土かるたにもあるように、郷土の歴史・文化を伝えるべく、群馬県の人物、地理、産物、風物等々を幅広く読み込んでいる。読み札の裏面に、その札で表現したことの説明が簡明に記載されており、かるたを通じて群馬県を知るうえで子供たちに大いに役だっている。


群馬県としても上毛かるたの普及のため、かるた発売の翌年1948年に第一回の上毛かるた競技県大会を開催して以来、今年で73回目の県大会を迎えている。何十年も前の話だが、小生自身も県大会への出場を目指し、赤城颪が吹き込む部屋で、かじかんだ手にフーフーと息を掛けながら、熱心に練習に取り組んだことを思い出す。


さて、肝心なかるたの内容であるが、次回からは、上毛かるた44枚を一枚ごとに紹介したいと思う。


小生の連載が終われば、皆さまは立派な群馬県のプロ、(・・県のプロ、なんていう日本語はあったかなあ?)正しくは、群馬県のどこに行っても話題に不自由しない方になります。上毛かるたシリーズ、楽しみにしてください。