《 追想王妃の谷 》

白金台の松岡美術館で《追想王妃の谷》を鑑賞した。

作者の鎌倉秀雄さんはそれまでインドをモチーフに描いていて、だんだんこのままでいいのだろうかという疑問を感じ、気合の入らないスランプ状態に陥っていたが、エジプトを題材としたこの作品によって一挙にスランプを脱して新たな境地を開いたという。

両手を差し伸べて天を見上げる王妃の毅然とした表情と姿が観る者に何かを語りかけ、余韻を残す。

ある人はこの王妃の姿を「王の棺を送る古代エジプト王妃」と評していたが、そう解釈するなら彼女の表情に納得がいくかもしれない。

この《追想王妃の谷》を観て、ふと思い浮かんだのが、昨年、国立能楽堂で鑑賞した萬歳楽座の能、「翁」と「高砂」の舞台が語りかけ、そして残した余韻だ。

そのとき、

まず「翁」で、人間国宝・山本東次郎が厳かな静の動きから、足でドン!ドン!と舞台を踏み鳴らす力強い舞を披露した。

そして休憩のあと、主催の藤田六郎兵衛が一人登壇して、静寂の中で能について語ったのだが、

六郎兵衛は「話のついで」に藤田流十一世宗家の笛を披露し、そこで本人が「ついでなので拍手無用」と言い、そのとおり、吹き終わると一言も発せず、黙ったまま身仕舞いし、挨拶もなしで舞台を去った。

なんと、藤田六郎兵衛はこれによって観客に拍手するきっかけを与えず、そのまま舞台を静寂に至らしめ、素晴らしい余韻を残したのだ。



そして余韻の残る静寂のなかで、半能「高砂」がはじまった。

橋掛りから厳かに阿蘇の神主一行が登場し、舞台に着いて、「高砂や~この浦船に帆を上げて~」と謡いはじめる。

ちょうど昨年のこのときは九州の地震で阿蘇神社の楼門や拝殿が全壊したこともあってか、あくまで静かな謡だったが、その静かな謡がさきの藤田六郎兵衛の余韻と重なった。


そして人間国宝・梅若玄祥の住吉明神が橋掛りからのぼってきて、千秋万歳を祝して颯爽と舞う。

現代日本における最高の能と思われる梅若玄祥の舞が、先の余韻を引き継いで、もうただただ華麗! 幽玄! お見事!としか言いようのない舞台が創出されたのだ。

そういえばアイルランド民謡のロンドンデリーの近藤玲二さんの秀逸の訳詞に、「紅に燃ゆる愛を葉陰に秘めて咲ける」、「黄昏に頬すりよせてリンゴは何を語る」という節があった。

そうだ! 言葉にしない秘めた思いこそが、余韻を残すのだ。

計算づくの嘘っぱちの言葉が行き交う現代社会にあって、《追想王妃の谷》で語りかける古代エジプトの王妃も、民謡で語りかける古きアイルランド人もそうだが、

それら秘めた思いの余韻を日本人が最高の作品に描き出し、秀逸の訳詞に完訳できるのは、それが日本人にとっても縄文以来の伝統の美学であるからだと思った。